[実験屋日記] 今年のストラテジィー
最近の鬱々たる心境の元兇は、薄々とは分かっていたが、悪夢にて、明々白々となった。ここでフロイトの真似事をする気はないが、suffice it to say, I'm mortified that I won't make it as a scientist。
昨日からようやっと仕事も若干手につくようになり、そろそろblogに割く時間も削減しなければならないとは考えるが(不抓紧可不行啊!)、それに先立って :) 今年のstrategyと具体的なtacticsについて考えたい。
目標
【長期目標】 思った通りに実験をできる環境にありたい。脳についての物質科学的な世界観を変えうるような研究をしたい。
【中期目標】 独立して自分の研究室を旗揚げすること。
【短期目標】 学位を取得することすること。Impact factor(1)を上げること。
展望
Scientometrics(科学計量論)の創始者Derek de Solla Priceが説くとおり、17世紀からつい最近に至るまでの科学というenterpriseは、指数関数的な膨張を前提として進化してきた。ほとんどの医学・生物学者は複数の弟子を育ててきたが、このネズミ講のような旧習は研究職が指数関数的に増加していなければ成立しない。
de Solla Priceは1963年にすでに、この指数関数的な膨張の限界を説いている。この指数関数的な増加が続けば、遠からず世界人口の全てが科学に従事することになる、と。これは、世界人口という非常に限られた資源を対象としているだけに、Malthusianな制約よりも格段に厳しい。
クリントン後期のNIH(2)の予算倍増などによって、一時はこの冷酷な現実は忘れ去られていた。しかし、米国の連邦財政が大赤字に転じている現在、より深刻な形でこの現実が戻っている。教授どもは、「これも10-20年サイクルであり、かつても金回りが悪くなった時期があったが、堪え忍べばそのうち好転する」という脳天気な見通しの者が多いようである。しかし、これは上述の科学計量論的限界に対する無知あるいは無視の現れでしかないと考える。
同時に、10-20年のスパンで降りかかってくるであろう災難とは、ここ10年ほどのあいだに極端に膨らんだ<細胞生物学による爆発的な新薬開発>という予測・幻想の瓦解である。確かに細胞生物学の成功例は枚挙にいとまないし、これからも登場するであろう。しかし、細胞生物学という学問体系とて限界があり、病気と絡めて説明すると、<病理現象を細胞レベルの事象に還元して説明・治療できる疾患も早晩ネタが尽きる>ものと考える。「複雑系の生物学」などが最近はやっているが、これはまさに、この「細胞還元論」のネタ尽き状態の前兆と考える。だた、細胞還元論をいくら複雑に組み合わせても、その学問的枠組みから脱却できるわけではなく、ただ、混乱と絶望を増すだけだと考える。
中長期のstrategyとtactics
上記の展望より、まずは学者としてsurviveすることを念頭にstrategizeすることとする。このrat raceにおける中長期的なcompetitivityを上げるtacticalな指針を以下に挙げる。
- 多くのmentorを持つ... 学問はコネの世界である。旧習がそのままこのde Solla Priceの限界にadaptするとしたら、若い世代が多くの師匠を持つことによる収束しか考えられない。ネズミ講のたとえでいえば、同じ人が何人もから勧誘されるような状況である。ただし、我が身を振り返ると、自信のないボスからは極度に煙たがられる性格なので、学問的自我の安定した、オトナの師匠を開拓していく必要があると考えられる。
- 社会の要請に沿った、fundableな(金を出しやすい)テーマで旗揚げする... 長期的には自由に学問をしたくとも、中堅になるまでは研究テーマもあまり広げられない。研究テーマを絞るにあたっては、よって、短期・中期的strategyとしては、fundabilityを追求すべし。ただし、学問の推移(流行り廃り)はめまぐるしいので、今からそれをtacticalにあれこれ考えても振り回されるだけである。大局観に立脚して行動し、機をねらうしかない。その意味で参考にすべき大局観とは、高齢化社会にともない加齢性脳神経疾患の重要性が漸増を続けるというものだ。ただし、その王道であるアルツハイマー病研究・脳虚血疾患研究(=脳梗塞のことなど)などはすでに研究者人口の超過密地帯なので、技術進歩により新たに研究が可能となった穴場を見つけることが重要と考える。この議論を突き詰めると、卒業後はまず、神経内科あるいは神経病理学の研修を行うにしくはない。
- 細胞生物学者が手を出せない分野に立脚する... 「展望」の項で述べたような事情で、現在医学系の若手研究者のほとんどは細胞生物学系統のトレーニングを受けている。そのバブル景気がはじけたときに生き残るためには、細胞生物学者に受け入れられることばを用いつつも(たとえバブルがはじけたとて、若手が切り捨てられるだけで、上層部では彼らがのさばり続けるであろう)、彼らにはなかなか手を出せない学問領域に身を置くことが重要であると考える。同門の従兄弟子にあたるY先生の考えでは、細胞生物学による再生医学の発達に伴い、再生脳神経組織の機能的・生理学的解析が穴場であろうという。現在のところ、これと比肩しうる妙案は思い浮かばない。
短期のstrategyとtactics
上述の【短期目標】の繰り返しになってしまうが、今やっている論文をまとめてPhDを取得することと、その後病院研修(2年間)を終了してMD学位を取得後に次の移動が有利になるよう、具体的なtacticを考えるべきであろう。それについては、ここでは詳述しない。
(1)Impact factor... これは科学計量論最大の成果(呪詛)である。科学者の業績をはかる指数として利用される。まず、学術誌ごとに平均引用数が計算される(各雑誌のimpact factor)。その雑誌に掲載された論文は、平均でx 回引用される、という意味である。学者の生涯impact factorは著筆論文掲載雑誌のimpact factorの和として計算される。
(2)連邦公衆衛生研究所... 首都Washington DCの中心から自動車で20分ほど離れたBethesdaに位置する、世界最大級の医療・哺乳生物系研究所群。Bethesdaのキャンパスで研究する研究者達(intramural program、予算総額30億ドル)のほかにも、NIHの外部委託研究という形式の科学研究費(grant)が全米の大学・研究所に支給されている(予算総額234億ドル)。米国内の医療・哺乳生物系研究のほとんどはこの科学研究費によって行われている。独立行政法人化前の日本と全く違うのは、教授以下大学院生までの人件費もすべてこのお金から払われている、ということと、overheadと称して研究費の半分近い額が大学の事務・施設等運営費にあてられることである。よって、NIHの予算縮小は研究事業のみならず、全国の大学運営に直接的な影響を与える。
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