[実験屋日記] 日本の医学出版界
フリーの翻訳でもう3年以上も仕事をもらっている出版社の方が、商用で当地に足を向けたので、接待を受けた。接待といっても、向こうは多分、経費でおいしいものを食べるための口実、という側面もあるのではないかと思う。一昨年来たときは店を探してうろうろしてしまったため、今回は、被接待者である身分もわきまえずに、行きつけの寿司屋を指定してしまった。
青柳の炭火焼、マグロのカマ、ロブスターの爪の吸い物、そして握り... ワシントンDCきっての売れっ子料理人・板前さんのお任せコースを堪能できた。いつもはお任せといっても、財布が気になって上限をつけたりしてしまうが、たまには本当のお任せなんていうのも悪くない。先方も、2週間の長い出張中であり、上手い和食が食べられて本心から嬉しそうであった。
さて、前回もだったが、本好きとしては出版屋さんのいろいろな内情をお聞きできて、とても面白かった。中でも今回は、世界の医薬出版系コンツェルン達が徐々に日本に侵略の手を伸ばしつつあるような話題が印象深い。あと、アメリカでは常識となっているPDAを使った医学情報検索も、日本では大分立ち後れているとのこと。携帯電話のサービスとしての提供も考えてはいるが、日本人はそういうのにまとまったお金を支払って契約するという意識が、稀薄であるらしい。
日本人のお医者さんは英語がなかなか使えないらしいから、こういう医学系出版社が翻訳や日本語書籍発行を通して果たす役割は、当分は消えないであろう。そして、scienceで食えなくなって、医者も嫌になったら、翻訳業という逃げ道はまだまだ残っているのではないかと、期待もしてしまったりする。
1 件のコメント:
駄目です。翻訳業は余り金にはなりません。出版業すなわち出版社のオーナーまたはトップ編集者なら一応金にはなりますが、それでも、エルゼヴィーア、シュプリンガー、アカデミックプレスなど古い大手と手を組まないと難しい。
しかし、学者としてやっていくためには、ゴーキーさんが出版社(編集者)とつながりがあるのはかなりのメリットだ。なるべく多くの有力な出版社の編集者と懇意になっておくべきだと思う。自分のためと、自分のボスのため(つまり自分のため)に。
昨年11月に学会でDCに滞在した。寿司屋があることは知っていても高そうなので止めたが、ゴーキーさんの話どおりなら、これは正解。コンヴェンションセンターの近くに宿泊していた。日程も終りの頃どうしても麺が食いたくてイタリアンレストランに入った。ソバやラーメンの代わりのつもり。おいしかったので、スパゲッティでもまあいいや、と。
ところが、帰りのタクシーを来たときのドライヴァーに電話して来てもらったら、喜んだ彼は同じ料金でいいといってDCのあちこちに回って見せてくれた。そして発見。コンヴェンションセンターの数ブロック先に中華街!しまった。
そういえば、学会期間中はよくあることだが、若い学者が出版社からのディナーに誘われたといって喜んでいる。後日、何がよかったかと聞いたら、初対面の大家の話も直接聞けて面識を得たことと言っていた。そのとおりだと思う。
私めは貧乏人だから、連日、出身校はもちろん他校の来る者拒まずのレセプションめぐりでただ飯。ただし、DCの同じケータリングサーヴィスらしく、どこも似た料理ばかりだ。それでもハーヴァードが一番大盤振る舞いでよかった。同窓会レセプションというより、ディスコにでも入ったみたいで立錐の余地もないほど混んでいた。
そんな所に大家などいるわけがない。彼らは出版社のおごりでディナーだから。ところで私、自慢じゃありませんがハーヴァードとは関係なし。これが日本なら、勝手に食べている私を見て「お前誰?」。やっぱり、アメリカって大らかでいいなー。MWW
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