2006/08/09

[脳科学の話題]1. アルツハイマー病は感染症?

このブログのもともとの中心目標は、最近の脳科学の専門的話題でおもしろいものを取り上げることであった。今回は、アルツハイマー病の発生機序に関する、最新の仮説を取り上げよう。


病理学の教科書には、アルツハイマー病の脳には特徴的なアミロイド斑という蛋白の凝集体がみられる、と書いてあったりする。この実際の意味は、患者の病理標本をコンゴーレッドという染色液で染めると、「アミロイド斑」というまるい固まりが見えるということだが、20世紀初頭の頃からすでに、比較的簡単な手順で観察できたということである。このアミロイド斑はアルツハイマー病との関連で1990年代あたりから、生化学・分子生物学的に盛んに研究され、現代ではアミロイドβという蛋白の異常凝集によって引き起こされる、というのが有力な説の一つである。その他に、タウ蛋白、シヌクレイン蛋白などといった蛋白が悪の元凶とする考えもある。

ところが、このアミロイド蛋白ストーリーには穴がある。ひとつには例えば、教科書的な記述はさることながら、アルツハイマー病の病巣には、古典的なアミロイド斑以外の、アミロイドβ蛋白を含まないものもあるということがあげられる。また、もう少し漠然とした難癖ではあるが、これらの研究は主にシャーレの中の培養細胞、あるいはラット・マウスで進められているが、培養した細胞は何週間か、ねずみはせいぜい1年程度しか生きないので、通常半世紀近く掛かって発生するアルツハイマー病という疾患の研究には当然、相当な無理がある。

最近話題になっている新説では、アルツハイマー病の原因はBorrelia burgdorferiという、梅毒菌とも近縁の螺旋状の細菌であるという。Borreliaは山歩きなどでダニを介して感染するが、この細菌の脳での病巣がもとで、そこからアミロイドβの凝集やら、ほかの様相が徐々に生じる、というのが新説だ。この説はもともと臨床の病理医が、アルツハイマー病の病斑がBorreliaのそれに酷似していることに気づいたことが元であるという。追跡の証拠は様々であるが、たとえば、アメリカのブレインバンクにあるアルツハイマー病患者の標本10件中、7件からはこのBorrelia burgdorferiのDNAが検出されたという。その他のデータも総合すると、あながちない話でもなさそうだ。

仮にこれが正しかったとしたら、真の予防的治療につながる可能性がとても高い(細菌感染こそは病気の中でも珍しく、ほとんど完全に人間の手中に収まっている)。そのうえ、ノーベル賞モノであるし、ついでに、いろいろな人が見当外れの研究に大量の資金と労力を費やしていたことになり大恥をかく。もちろん、アミロイドβなどといった蛋白もBorrelia burgdorferiの感染巣によって引き起こされていたとするならば、今まで10年以上にわたり盛んに研究されてきた細胞生物学が全く無駄になるわけではないだろう。しかし、目先の「実学」が破れ、より自然(この場合「病」)に近いところでこつこつと営まれる実のある学が勝つ、という、長局的には多い話に帰結されることになるかもしれない。

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