2006/06/19

[本・脳・一般]●●●●● I of the Vortex: From Neurons to Self

表紙写真I of the Vortex: From Neurons to Self
Rodolfo R. Llinás

[www.amazon.co.jp]
[www.amazon.com]


記憶とはなにか、意識とはなにか、感情とはなにか。これらはしばしば脳科学に向けられる問いである。脳科学は西洋科学のうちにあって未知領域が多い(=遅れている)が、それだけに、現代の自然哲学的浪漫のおもな対象となっている。天体の遷行・化学的な物質の変化・生物の核酸による物質的裏付け、これらはもはや、無味乾燥な工学の対象として人類の手の内に収まっているのだ。

浪漫の対象とはいうものの、脳科学関連の啓蒙書でこれというものは少ない。ここでの判断基準とは、プロの実験屋が読んでも生物学的思索の糸口になるような啓蒙書、つまり、学問的事実をなぞるだけで洞察のないものや、科学者が下手の横好きで哲学と本業の科学をごちゃ混ぜにしたものや、ジャーナリストが一夜漬けの後に夢想にふけったような代物などは含まない。それらの意義は別のところにある。

本書の筆者はノーベル医学生理学受賞者Ecclesの弟子であり、脳科学の本流である電気生理学の泰斗でもある。本書では、比較生理学・進化学の観点から、脳神経系の本質は外世界をモデルとして内在化させることにある、とまとめている。これは革命的な説ではないが、論の進め方が生物学という学問体系の作法にかなっていて、美しい。そして無脊椎動物や単細胞生物などから論を興すことにより、動物の神経系を考える際に陥りやすい、擬人化の罠を完全に避けている。動物の脳神経系が人間の脳神経系の単純化版だというのではなく、逆に人間の脳神経系が動物の脳神経系に毛の生えたものだ、と。

地球が一惑星に過ぎないことを発見した当時の人類と同様のhumilityを覚えた、といったら、浪漫もすぎるであろうか。

0 件のコメント: